「姿勢を整える」「自律神経を整える」「身体のバランスを整える」。
私たちは日常の中で、身体について「整う」「整える」という言葉をよく使います。
でも、身体が「整う」とは、実際には何がどうなることなのでしょうか。
元の位置に戻ることなのか。緊張がゆるむことなのか。何かの数値が正常になることなのか。
Yejiでは、この言葉を「一つの正しい状態に戻すこと」とは、少し違う意味で考えています。
身体は、いつも同じ状態ではない
朝起きたときと、一日の仕事を終えたあと。よく眠れた日と、そうでない日。動いているときと、休んでいるとき。
同じ人の身体でも、感じ方や動きやすさは、そのときの条件によって変わります。
長い時間で見れば、身体そのものも変わっていきます。年齢を重ねることも、その一つです。
だからYejiでは、「今の身体はどうなっているか」を見るとき、症状だけを一つ取り出して考えません。
肩こりがあれば肩を見る。けれど、眠りや疲れ方、身体を動かしたときの変化なども一緒に見ます。
原因を一つに決めず、その人の状態を見る考え方については、別の記事で詳しく紹介しています。
そう考えると、「整う」を、いつでも同じ一つの状態へ戻ることだけで考えるのは少し難しくなります。
「整う」は、正しい状態に戻ることではない
Yejiでは、「整う」を、一つの正しい状態になることではなく、その時々の条件のなかで状態を保ち、条件が変われば、また別の状態へ移っていけることだと考えています。
休めるときには休める。動くときには動ける。集中するときには集中し、そこを離れれば少し力を抜ける。
大切なのは、いつも同じ状態でいることでも、ただ変化することでもなく、そのときの条件に応じて状態を保ち、条件が変われば、また別の状態へ移っていけることです。
その変化の中には、「戻る」と感じるものもあります。
張っていた肩の力が抜けたり、休んだあとに身体が軽く感じられたりする。
ただし、それは「昔の身体」「本来の身体」「正常な身体」に戻った、という意味ではありません。
『整った感じ』は、状態変化の手がかりの一つ
身体の変化は、本人の感覚として気づかれることがあります。
「軽くなった」「呼吸しやすい」「動きやすい」「なんとなく整った」。
こうした感覚は、その人が「さっきとは違う」と捉えた大切な手がかりです。
たとえば、サウナのあとに「整った」と表現することがあります。
そこでは、「さっきとは身体の感じ方が違う」という変化を、ひとまとまりの感覚として「整った」と表している、と考えることもできます。
Yejiでも、施術を受けた方がどう感じたかは大切にします。
ただし、「軽い」「効いた感じがする」という感覚だけで、施術の結果を決めるわけではありません。
施術は、「正しい状態」に合わせることではない
では、施術では何をしているのでしょうか。
Yejiでは、鍼をしたり、お灸をしたり、身体に触れたり、姿勢や身体を支える条件を変えたりして、実際に身体へ働きかけます。
ただし、あらかじめ決めた「正しい状態」へ身体を合わせることが目的ではありません。
今の状態を見て、必要だと考える方法で身体に働きかける。そのあとに何が変わったかを確認し、次の関わり方を考える。
Yejiでは、そうしながら施術を組み立てています。
刺激も、強ければよい、弱ければよいと一律には考えません。
「効いた」と感じることも大切な情報ですが、それだけで施術の結果を決めるわけではありません。
つらさや動きがどう変わったか、触れたときの反応はどうか。その場で必要な手がかりを重ねて見ながら調整します。
つらい場所そのものに働きかけることもあれば、姿勢や身体の支え方を変えたり、別の場所から関わったりすることもあります。
どれか一つを「本当の原因」と決めるのではなく、今の身体に対して、どこからどう関わるかを考えます。
「コリ」を例に、こうした施術の組み立て方については、別の記事で詳しく紹介しています。
Yejiでいう「整う」
そのときの条件のなかで状態を保ち、条件が変われば、また別の状態へ移っていけること。
そして施術では、今の状態に働きかけ、その後の変化を見ながら関わり方を調整します。
Yejiでは、こうした「保つこと」と「移っていけること」を含む身体の変化を、「整う」と捉えています。
身体は、昨日とまったく同じではありません。
だから、いつも「元の状態に戻さなければ」と考える必要はないのかもしれません。
今の身体がどんな状態にあり、何をするとどう変わるのか。
そうした変化を見ながら、今の身体で、また日常へ戻っていけること。
Yejiでは、そうした身体の変化を一緒に見ていくことを大切にしています。
Yejiでの施術内容や担当者については、こちらで紹介しています。


